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ダンス・ダンス・ダンス (上下巻・村上春樹著)
JUGEMテーマ:読書

村上春樹がデビューしたころから書かれていた長編連作:「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」の続編であり、そして完結編であるのがこの小説「ダンス・ダンス・ダンス」。
前作の「羊をめぐる冒険」とはかなり密接した内容になっているので、先にそちらを読んでから「ダンス・ダンス・ダンス」を読んだ方がいいです。

前作が喪失の始まりとその気づきだとしたら、こちらは喪失の認識とそれへの抗い、そして恢復へのダンスといったところ。
新たに登場してくる人物も多く、中でも特に五反田君が私の気を引いた。
彼は俳優で、とても優秀で人を魅了する人間ではあるが、仕事でも個人でも常に演技をしていて、演技をしていくことで俗物的な世界に埋もれていきそれに強い嫌悪感を抱いているという人物。
まぁ、端的に説明しただけだからこれだけでは彼の人物像は掴み難いだろうし、彼と主人公との関係の中で見ていくことが重要になるから、これ以上詳しくは書かない。
んで、私は別にそんなに優秀ではないし人を魅了するわけでなく、今は特に何かを演技しているわけでもないのだけど、私の中にも確かに五反田君的要素が存在している。
その五反田君的要素が特に強かった思春期の頃の記憶や感覚が思い出されてきて中々面白かった。
元々が結構自意識過剰な性格で、人目を結構気にしていたから、多少は彼のような「まるでドラマのような」振る舞いができた。
でも後々考えて思い返してみると馬鹿らしいしちょと恥ずかしいから止めちゃったけどね。
まぁ、それはともかく、彼が言うようにキャラを演じていると根源的な凶暴性みたいなものが歪んだ形で出てくるのは本当だと思う。
個体差もあるだろうし、私の場合は彼のように突発的にそれが現れたのは小学中学年までで、それ以降は突発的ではなく理性の管理下の元で故意的にそれを発現させていたんだけどね;
何にしろ、演じるという行為は下手をすると人の人格を歪めると思う。
演じることが悪いとは言わないし、精神療法に劇が使われることがあるように、演じることで救われることもある。
けれど、人が何かを演じる場合、演じているキャラクターとは別にちゃんとした素の自分というものがあり、その素の自分でいられる環境が必要だと思う。
それがなければ精神に不調をきたしてしまいかねない。
実際、素の自分が良く分からなくなった役者がノイローゼや分裂症的な精神状態に陥ったり、自分の演じる役に呑み込まれてドラマと現実の区別がつかなくなるケースはそんなに少なくないらしい。
今ここに書いていることは小説の本筋とは離れるかもしれないけど、全く関係ない話でもないと思う。
結局、この小説は現実への回帰のための小説なんじゃないかな。
そして五反田君はその回帰の為の反面教師であり、スケープゴートなんじゃないだろうか。

なんか色々くだくだと書いたけど、普通に面白い小説なので、あんまり難しいことは考えずに楽しんで読んでくださいw
「羊をめぐる冒険」から「ダンス・ダンス・ダンス」は一気に読むことをお勧めします。





村上春樹研究所
Haruki Murakami
村上春樹(wikipedia)
村上春樹(amazon)

風の歌を聴け
1973年のピンボール
羊をめぐる冒険〈上〉
羊をめぐる冒険〈下〉
ダンス・ダンス・ダンス〈上〉
ダンス・ダンス・ダンス〈下〉



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